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一般的な「成功した人」の定義は、ビジネスで成金になる事だと言うのが
まかり通っている。特に、楽天社長やライブドア社長の成功物語が話題に
成っている。二人とも若くして一生使えきれないお金を獲得した人たちだ。
私が20歳、30歳、40歳代の頃、お金持ちに成る事が「成功した人」
と言う認識があった。だが、今は違う。お金の価値が私の年齢に比例して
低減してきている事だ。
その一方で、持てる時間、夢の達成、周りの人の喜び、感動、自己実現、
情熱といった抽象的なものに価値が移行して来ている事だ。
歳を取るとお金で買えないものが多くなる。50歳になって、初めてこん
な老化現象を味わった。
1.首の軟骨の磨り減りから来る痛み(完治)
2.足の軟骨の磨り減りから来るひざ関節痛(だいぶ完治)
3.老眼(諦めの心地)
若返りがお金で買えれば、お金の価値は今以上に感じるのだが。衣食住の
ニーズを満たし、家庭を持ち、やりたい仕事をしている状況でお金を必要
以上持つ事がどれだけ自分に幸せをもたらすのであろうか。
仮に今10億円のキャッシュが転がり込んだとする。もう、仕事をしなく
ても一生生活を楽しめるお金だ。このお金が今あなたのものに成ったと思っ
て次に何をしたいか考えてもらいたい。
物欲は、1ヶ月買い物を続ければ直ぐに満たされる。女遊び、男遊びもや
りたい放題だ。海外旅行もファーストクラスで超一流のホテル住まいがで
きる。生活するうえでの欲求は殆ど満たされる。
これらの欲求を満たしている過程では、一時的に欲求を満たされる事で幸
せを感じるのだが、直ぐに慣れてしまう。慣れると幸せはどこかに消えう
せてしまう。
成功とは、お金を多く持ち、物的欲求を満たす事が出来る状況を指すとい
う解釈で本当に良いのだろうか。こんな疑問を持つやつは、成功していな
いからだと反論されるかもしれない。
もうちょっと、考えてもらいたい。
個人の成功の定義が違うと全てが変わってくるのだ。自分にとっての成功
とは、「自分が求めた『夢の実現』に与えられた人生と言う時間を費やす
事が出来た。」と定義したらどうだろうか。
お金の有る無しは、この定義の中で意味がなくなる。むしろ、『夢の実現』
にお金をどの様に稼ぎ、使ったかが意味を持つ事になる。成金になる事が
『夢の実現』であるならば、それが成功の定義になる。
少なくとも成功の定義は、人それぞれ違うはずだ。世界で一番綺麗な花に
なるよりも世界でたった一つの花になる方が、真理をついているのではな
いか。
世論の成功した人の定義に影響されないで自分が定義する成功した人に
成ってもらいたい。そう考えれば、もっと人生を楽しめるのではないだろ
うか。
与えられた人生は、絶えず、選択がある。そして、選択の結果は人ぞれぞ
れ違う。人生の節目節目で誰もが自分の進路を判断し、選択してきている。
その選択が自分の人生を楽しめるものにしているならは、それが成功した
人の人生の定義かもしれない。
私は、楽天やライブドアの社長たちのように成金ではない。生活をする上
で不自由をしない程度の人間だ。でも、自分が叶えたい夢の実現に一歩一
歩前進して行く人生を送っている。その意味で、私は成功していると思っ
ている。それが、私の成功した人の定義なのだ。
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